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後藤三知[ごとう みち]
後藤三知 (ごとう みち、1990年7月27日 - ) は、三重県鈴鹿市出身の女子サッカー選手である。ポジションはフォワード。鈴鹿市市議会議員の後藤光雄は父。サッカー選手の後藤史は姉。 == 来歴 == 「コーチに誘われて」〔50の質問 後藤三知 浦和レッズレディース公式サイト 2010.4.4 11:54 (UTC) 閲覧〕サッカーを始める。小学生時代は白子サッカー少年団でプレーしていた。 2003年に鈴鹿市立鼓ヶ浦中学校に入学。同校サッカー部に入部し、男子選手と共にプレーした。中学2年次にはU-15三重県選抜チームで背番号10を背負った〔2004年度 全日本女子ユース (U-15) サッカー選手権大会公式プログラム〕。3年次の2005年には伊賀フットボールクラブくノ一の下部組織チームである伊賀FCフロイラインに入団。中出ひかりと2トップを組み、東海女子サッカーリーグや東海女子サッカー選手権 (皇后杯全日本女子サッカー選手権大会の東海地区代表決定戦) に出場し、後者では大会優勝と全日本選手権への出場を経験した。 2006年に姉を追う形で宮城県に渡り、常盤木学園高等学校に入学。サッカー部では全日本高等学校女子サッカー選手権大会や全日本女子ユース (U-18)サッカー選手権大会に出場し、2008年度には両大会で優勝を経験した。また全日本女子サッカー選手権大会にも東北地区代表として出場した。 2008年9月、早稲田大学スポーツ科学部のトップアスリート対象入学試験に合格した事が発表された〔 早稲田大学公式サイト 2008.9.26付ニュースリリース〕。翌2009年には浦和レッドダイヤモンズ・レディースへの入団が発表された〔浦和レッズレディース、2009シーズン新加入選手について 浦和レッズレディース公式サイト 2009.1.31付ニュースリリース〕。加入初年度は15試合に出場して1得点を挙げ、同年度リーグ優勝を経験した。また2010年3月に開催された第1回日韓女子リーグチャンピオンシップ (対戦相手: 大教カンガルーズ) では2得点を挙げ、同大会最優秀選手に選出された〔残り5分から逆転、浦和レッズレディースが日韓女王対決を制す:日韓女子チャンピオンシップ EAFF公式サイト 2010.3.27付ニュースリリース〕。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「後藤三知」の詳細全文を読む
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