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後藤 健生(ごとう たけお、1952年 - )は、東京都出身のサッカージャーナリスト。慶應義塾大学法学部大学院博士課程(政治学)修了。国際サッカー歴史記録学会アジア地区代表委員。日本サッカーライターズ協議会理事。関西大学客員教授。元日本サッカー狂会常任幹事。 == 人物 == 日本のサッカージャーナリストの先駆者の一人。 1964年に東京オリンピックのハンガリー五輪代表対モロッコ五輪代表で初めてサッカーを観戦。以来現在まで観戦した試合は5,000試合以上を数える。また1974年のワールドカップ・西ドイツ大会以降、ワールドカップやUEFA欧州選手権などの主要国際大会を現地で取材を続ける。『国立競技場の100年 明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』で2013年度ミズノスポーツライター賞優秀賞。 学生時代は日本最古のクイズサークル「ホノルルクラブ」に所属する有名なクイズマニアであった(初めて海外サッカーの試合を観戦したのも、1972年に優勝した「クイズグランプリ」(フジテレビジョン)の優勝賞品である欧州旅行で欧州を訪れた際のものである)。 Jリーグや高校サッカー、欧州CLも生観戦して取材・執筆活動を続けている。政治学博士というサッカージャーナリストとしては異色の経歴を持ち、国際関係論や政治的視点を用いた独特の切り口からのサッカー史、サッカー文化考察も行っている。 基本的にコラムでは試合経過の著述、著作では日本や世界のサッカーの歴史や社会背景についての記述が多く、ほぼ独力での取材でまとめた『日本サッカー史・日本代表の90年』は、過去のサッカー記録集として、数年に一度改訂される。ただし一方で、戦術理論については、深く言及することは少ない。また近年は、コラムや出演番組中での発言〔「あんなジェフみたいな、あんなゴミみたいな選手」(ラジオでの発言。現在は削除されている。その後、ジェフとの協議の結果公式に謝罪した)。〕〔「浦和の圧倒的な攻撃力の大部分は外人部隊によるものである」(コラムでの発言)〕が問題になったこともある。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「後藤健生」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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