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尾部銃手(びぶじゅうしゅ、tail gunner)、または後部銃手(こうぶじゅうしゅ、rear gunner)は、機体後方または「機尾」方向からの敵戦闘機の攻撃に対して、旋回機関銃や旋回機関砲をもって防御を行う銃手の役目を担う軍用機の乗員。 尾部銃手は、一般的に後方視界を妨げない機体背面や機尾に設置された可動式銃砲を操作する。「尾部銃手(tail gunner)」という用語は、通常は銃架を操作ないし銃塔内部にいる乗員のことを指すが、機種によっては尾部武装が機体の別の部位から遠隔で操作されるものもある。 == 概要 == 後方向き武装の種類や配置は国により様々であった。B-17やB-29といった、第二次世界大戦中のアメリカ陸軍航空軍(USAAF)の重爆撃機では、後方の縦横方向へ約90度の射界を持つ独立した銃塔を銃手が固定位置から操作していた。典型的な武装は、2丁の0.50インチAN/M2であった。これとは対照的に、イギリス空軍のアブロ ランカスターやハンドレページ ハリファックスといった重爆撃機では、4挺の0.303インチ(7.7mm)M1919機関銃を尾部銃手ごと載せた180度旋回可能な動力式銃塔を使用していた。武装は2挺のAN/M2であったが、これと似た配置は米国のコンソリデーテッド B-24重爆撃機でも採用していた。 Do 17、He 111やJu 88といったドイツ空軍の爆撃機では後方用の防御武装の位置は、たいてい乗員区画の後ろか胴体途中の背面にある銃架であった。これは、胴体上面より上をカバーするには十分であったが、胴体下面から下をカバーするためには胴体下面に銃塔を追加する必要があった。 Ju 87やSBDといった、より小型の軽爆撃機(急降下爆撃機)や攻撃機では、後部銃手は操縦士の直ぐ後ろに座り、開放状態または天蓋で閉ざされている銃架に据えられている機関銃を操作した。通常これらの形式の機種の後部銃手は、通信士や航法士を兼任していた。 尾部銃手には、敵戦闘機の索敵という2番目の任務があり、特に夜間爆撃時には重要であった。これらの爆撃機は密集編隊を組まず、個々に飛行したため、攻撃してくる夜間戦闘機に対する最初の対応としてコルクスクリュー・ロールのような大胆な回避行動をとらねばならず、防御用の発砲は二の次であった。英空軍では俗語で尾部銃手のことを「ドン尻チャーリー」("Tail-end Charlies")と呼んだ〔米陸空軍ではこの言葉は編隊の最後尾機か大編隊の最後尾を務める編隊を指したが、どちらも非常に危険度の高い位置であった〕が、その一方で独空軍では「ヘックシュヴァイン」(Heckschwein:ドン尻の豚)と呼んでいた。 尾部銃手は第二次大戦中に最も一般的に活用され、その最後はベトナム戦争での大型爆撃機であった。しかし、この役割は空対空ミサイルのような長射程の対空兵器と同時に近代的なミサイル探知/対抗装置の発達により、ほぼ無用のものとなった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「尾部銃手」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Tail gunner 」があります。 スポンサード リンク
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