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後陳朝[ごちんちょう]
後陳朝(ごちんちょう)は、ベトナムを支配した王朝(1407年 - 1414年、1427年 - 1428年)。 == 経歴 ==
=== 成立への過程 === 1225年に成立した陳朝は1400年に重臣の胡季犛に簒奪されて滅びた。胡季犛は諸改革を断行して国制を固めたが、簒奪と粛清を繰り返していたために国内では反乱分子も多かった。さらに明の永楽帝がベトナムへの南下政策を推し進めるにあたり、陳朝の復権とその一族の復位を求めると胡季犛はこれを拒絶。永楽帝は1407年に大軍をベトナムに侵攻させ(:en:Ming–Hồ War)、胡季犛は多くの臣下に離反されて捕らえられて殺され、胡朝は滅びた。 以後、ベトナムは明の直接支配に入る。明はベトナムに対して過酷な搾取並びに極端に過ぎる同化政策を強要したため、ベトナム各地で反明の乱が発生した。このような中で陳朝の第9代皇帝・藝宗の遺児であった陳頠は簡定帝と帝号を称して即位した。これが後陳朝の起源である。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「後陳朝」の詳細全文を読む
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