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御楯組[みたてぐみ] 御楯組(みたてぐみ)は、江戸時代末期(幕末期)に結成された尊王攘夷結社。1862年結成。 == 概要 == 1862年、長州藩の高杉晋作は、「薩藩はすでに生麦に於いて夷人を斬殺して攘夷の実を挙げたのに、我が藩はなお、公武合体を説いている。何とか攘夷の実を挙げねばならぬ。藩政府でこれを断行できぬならば……」と論じていた。 折りしも、外国公使がしばしば武蔵国金澤(金沢八景)で遊ぶからそこで刺殺しようと同志らと相談した。しかし、同藩士の久坂玄瑞が土佐藩の武市半平太に話したことから、無謀であるとして土佐藩主・山内容堂を通して藩主・毛利定広に伝わり実行に到らず、櫻田邸内に謹慎を命ぜられる。謹慎中の同志は御楯組結成の血盟書を作った。 1863年1月31日、高杉・志道聞多・伊藤俊輔ら御楯組の12名は品川御殿山で建設中の英国公使館の焼討ちを決行。犯人は発覚しなかった(英国公使館焼き討ち事件)。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「御楯組」の詳細全文を読む
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