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徳大寺実盛[とくだいじ さねもり] 徳大寺 実盛(とくだいじ さねもり、応永7年8月5日(1400年8月24日) - 応永35年4月23日(1428年6月6日))は、室町時代の公卿。主に後小松天皇(100代)・称光天皇(101代)の二帝にわたり仕え、官位は正二位権大納言まで進んだ。父は太政大臣徳大寺公俊。室は右兵衛督持明院基親の娘。子に右大臣徳大寺公有、教覚(天台座主)、尊任(仁和寺大僧正)。 応永11年(1404年)叙爵。以降累進して、侍従・右近衛少将・加賀介・右近衛中将・播磨介となり、応永21年(1414年)に従三位となり、公卿に列する。権中納言をへて、応永28年(1421年)に権大納言に任じられる。応永35年(1428年)に踏歌節会内弁をつとめたが、同年に薨去。享年29。 ==関連項目==
*徳大寺家
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「徳大寺実盛」の詳細全文を読む
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