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徳川篤敬[とくがわ あつよし]
徳川 篤敬(とくがわ あつよし、安政2年9月30日(1855年11月9日) - 明治31年(1898年)7月12日)は、水戸徳川家第12代当主。水戸藩の第10代藩主徳川慶篤の長男で、叔父である第11代藩主徳川昭武の養嗣子となった。最後の将軍徳川慶喜の甥でもある。妻は松平頼聰の長女の總子(又従姉妹にあたる)。弟に徳川篤守(清水徳川家当主)がいる。子に徳川圀順、徳川宗敬、敬子(松浦陞室)らがいる。諡号は定公。 陸軍士官学校を卒業後、明治12年(1879年)にフランスに留学する。明治16年(1883年)、養父昭武の隠居により家督を相続する。イタリア特命全権公使、式部次長などを歴任する。明治26年(1893年)には大日本写真品評会会長に就任している。 == 栄典 ==
* 1884年(明治17年)7月7日 - 侯爵〔『官報』第307号「叙任及辞令」1884年7月8日。〕 * 1896年(明治29年)10月23日 - 安南国龍星第二等勲章〔『官報』第4005号「叙任及辞令」1896年11月2日。〕 * 1897年(明治30年)6月30日 - 勲三等瑞宝章〔『官報』第4198号「叙任及辞令」1897年7月1日。〕
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「徳川篤敬」の詳細全文を読む
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