翻訳と辞書 |
忌部鳥麻呂 忌部 鳥麻呂(いんべ の とりまろ、生没年不詳)は、奈良時代の貴族。名は登理万里とも書く。姓は宿禰。従四位上・忌部子人の孫〔「織田右大臣信長公ノ系統及履歴」中田憲信『好古類纂』第七集所収〕。従六位上・忌部狛麻呂の子〔。官位は従五位上・信部少輔。 == 経歴 == 天平7年(735年)兄の忌部虫名とともに祭祀権を巡って中臣氏と争い、伊勢幣帛使となることに成功した〔『続日本紀』天平7年7月27日条〕。天平21年(749年)民部卿・紀麻呂らとともに伊勢大神宮に幣帛を奉納し、従五位下に叙せられる(この時の官職は神祇少副)。 その後、孝謙朝では典薬頭・木工助を務め、淳仁朝では木工助・信部少輔を務める。天平宝字8年(764年)正月に従五位上に叙せられるが、同年9月に発生した藤原仲麻呂の乱に連座し位記を奪われたらしい。天平神護3年(767年)罪を赦され、本位(従五位上)に復している。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「忌部鳥麻呂」の詳細全文を読む
スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース |
Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.
|
|