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戦国四君(せんごくしくん)は、中国の戦国時代に活躍した4人の人物を総称した呼び名。 「〜〜君」とは死後に贈られた諡号であり、この4人の他にもこのような諡号を贈られた者は多数いた。 *斉の孟嘗君 田文(? - 紀元前279年) *趙の平原君 趙勝(? - 紀元前251年) *魏の信陵君 魏無忌(? - 紀元前244年) *楚の春申君 黄歇(? - 紀元前238年) このうち春申君は宰相で他は王族出身者。彼らはいずれもその国の有力な政治家で、それぞれ3000人もの食客を養っていたことで有名である。 彼らによる合従策や軍事的活動によって活躍した頃は、のちに強国となる秦もなかなか東進に踏み出せないでいたとされる。 一方で、3000人の食客がいたとしても秦の10万人の精鋭を滅ぼす事は出来ないにもかかわらず、消極的な合従策によって一時的な小康を得たものの却って党派争いによって(秦の商鞅が行ったような)国内改革を遅らせたことが、長期的には秦以外の国々を弱体化させ結果的には秦の有利に働いたとする批判もある〔吉田亮太『春秋戦国政治外交史』三恵社、2014年 ISBN 978-4-86487-176-1 P112-113〕。 == 脚注 == 〔 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「戦国四君」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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