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松平光重 (戸田松平家)[まつだいら みつしげ]
松平 光重(まつだいら みつしげ)は、江戸時代前期の大名。播磨明石藩第2代藩主、美濃加納藩初代藩主。戸田氏の嫡流にあたる戸田宗家(仁連木戸田家)18代当主。戸田松平家3代。松平忠光の長男。 == 生涯 == 寛永11年(1634年)6月、明石藩主であった叔父の庸直が嗣子なくして死去し、その封地を収公するところではあったが、父祖の勲功殊の他目覚しく、父祖康長は将軍家光幼少の折より仕えて功労多かった。よって、庸直の甥にあたる光重をもって戸田宗家の家督を継がせることを許され、遺領を与えられた。同16年(1639年)、明石より転じて美濃国加納城に入り、加納1万石を合わせて7万石となった。明暦2年(1656年)、大坂城代となり、万治元年(1658年)まで務めた。同3年(1660年)、再び大坂城代を勤め寛文元年(1661年)閏8月に罷め、同8年(1668年)7月晦日に没した。享年47。
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