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敦賀 信人(つるが まこと、1977年11月3日 - )は、日本の男子カーリング選手で、漁師。 == 人物 == 北海道常呂町(現北見市常呂自治区)出身の男子カーリング選手で、漁師。北海学園北見大学卒業。 中学2年生でカーリングを始め、翌年には全日本ジュニア選手権で優勝。世界ジュニア選手権では1996年に7位、1997年も4位に入り、'97年には大会のベストスキップに選ばれる。日本選手権では1996年から1999年まで4連覇を達成(うち97年から3年は長野五輪代表チームとなる全日本チームとしての出場)。1998年の長野オリンピックでは、弱冠20歳にして日本代表のスキップ(主将)を務めた。 長野五輪では、準決勝進出をかけた対アメリカ戦で、4対4のまま第10エンドを迎え、先攻だった日本は会心のショットを決めた。しかし、後攻のアメリカもまた会心といえる素晴らしいショットを決め、3cmの差で準決勝進出を逃し、5位という結果に終わった。試合終了後、敦賀が泣き崩れた場面は長野オリンピックの中でも印象的な場面の一つとされる。 五輪直後、敦賀の元にはファンレターが全国各地から届いたと言われる。 男子チームの主将として、それまでまったく一般的ではなかったカーリングというスポーツを全国に知らしめた功績は大きい。 現在は北見市常呂のカーリングチーム「アイスマン」のスキップとして活動しており、2010年から2012年まで日本カーリング選手権で3連覇している。また同郷の小笠原歩と組んだミックスダブルスにも挑戦した経験がある。 2013年の第30回日本カーリング選手権の決勝でSC軽井沢クラブに敗れ準優勝となった。漁師との両立が難しくなったため日本選手権への出場はこれが最後と表明した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「敦賀信人」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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