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新しい中世(あたらしいちゅうせい、New medievalism)とは、グローバル化の進展によって国家主権の相対化が進む現代世界を、主権国家体制が成立する以前の、複数の権威が領域横断的に並存するヨーロッパ中世とのアナロジーで把握する国際政治の見方である。 最初に「新しい中世」という表現を用いたのはアーノルド・ウォルファーズが1956年に発表した論考においてである〔「国際領域における近年の諸変化を一種の『新しい中世主義』への傾向として語るのは、今日であっても、夢想的なことではない。その趨勢は、国内と対外政策を区分する境界線を曖昧化する複合性へ向かっているように思われる。私たちは、忠誠の二重性および権力領域の重複性に再び直面しているのである」と述べている(Arnold Wolfers, "Political Theory and International Relations", reprinted in Andrew Linklater ed., ''International Relations: Critical Concepts in Political Science'', vol. 5, Routledge, 2000: 1828)。〕。その後、1977年にヘドリー・ブルが主権国家からなる社会(国際社会)に代わる秩序モデルの一つとして「新しい中世」を提起し〔ヘドリー・ブル『国際社会論――アナーキカル・ソサイエティ』岩波書店, 2000年: 304-306, 317-330。〕、とくに冷戦後になると多くの論者が言及するようになっている〔たとえば、Stephen J. Kobrin, "Back to the Future: Neomedievalism and the Postmodern Digital World Economy," in Aseem Prakash and Jeffrey A. Hart eds., ''Globalization and Governance'', Routledge, 1999; Jörg Friedrichs, "The Meaning of New Medievalism", ''European Journal of International Relations'', vol. 7, no. 4, 2001.など。〕。日本では、1996年刊行の著書で展開した田中明彦の議論が広く知られている〔田中明彦『新しい「中世」――21世紀の世界システム』日本経済新聞社, 1996年。〕。 ==ヘドリー・ブルの「新しい中世」論== 1977年の著書で、ブルは、世界政治における秩序を考察対象に据えて、近代ヨーロッパに成立した主権国家を構成要素とする「国際社会」の拡大のプロセスとその現代的特質を検討した。そして世界大に広がった「国際社会」を超越する代替物として、世界政府などいくつかのモデルを提示した。そのひとつが「権威が重なり合い、かつ多元的な忠誠のシステム」〔ブル、前掲書: 304。〕、すなわち「新しい中世」である。 ブルは、それまで主権国家に集中していた権威/権力が分散し、重層的な関係を切り結ぶ社会空間が誕生したと判断する指標として以下の5つを挙げている〔ブル、前掲書: 317-330。〕。 # 諸国家の統合:ヨーロッパ共同体の形成に端的に見られる地域統合が主権国家の存立基盤を覆す可能性。 # 諸国家の分離:一国内における自治分離運動が主権国家の枠組みを変える可能性。 # 私的な国際暴力の復活:暴力の独占的管理という主権国家の存在論的基盤に対する挑戦。 # 脱国家的組織の生成:国境を越えたさまざまな社会運動や世界銀行などの国際機関の行動による主権国家システムの浸食。 # 技術発展による世界の一体化:「宇宙船地球号」や「地球村」といった主権国家の上位に措定される帰属意識の醸成。 しかし、以上の5つの指標を検討した結果、ブルが導き出した結論は、1977年の時点で、「新しい中世」が「主権国家システムに比べ、それほど秩序だっていないことの確証ではなく、むしろ、いっそう秩序だっていることの確証をまったく持てない」〔ブル、前掲書: 305。〕というように、否定的なものであった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「新しい中世」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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