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新宮党(しんぐうとう)は、出雲の戦国大名尼子氏家中の精鋭として知られた軍事集団。居館を月山富田城(島根県安来市広瀬町)の北麓、新宮谷に構えていたため、新宮党を称した。 == 概要 == === 尼子久幸時代の新宮党 === 新宮党という名称で呼ばれるようになったのは次代の尼子国久の頃とされるが、それ以前より尼子氏一門による親衛隊的な役割を持つ精鋭集団が組織されていた。この集団は尼子氏の勢力伸長に貢献し、出雲国内から安芸国・備後国等を転戦した。天文10年(1540年)の吉田郡山城の戦いにおいて、この組織の実質上の指導者であった尼子久幸は討死する。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「新宮党」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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