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新聞縦覧所[しんぶんじゅうらんしょ] 新聞縦覧所(しんぶんじゅうらんしょ)とは、公費で新聞を買い上げ、有料または無料で供覧に付していた施設。後に私設の縦覧所も増加した。日本の明治時代を通じ普及、衰退した。 == 概要 == 1867年(慶応3年)に最初の縦覧所が設置され、1870年(明治3年)頃から普及。1877年(明治10年)頃に設置のピークを迎えたという〔日本近代思想体系-言論とメディア(岩波書店)〕。当時は、新聞自体の販売網が整っていなかったこと、また、定期刊行物の体をなしていなかった(不定期発行の)新聞もあり、一箇所でまとめて複数の新聞を読める施設は庶民から重宝された。東京市内でも、公的施設として上野恩賜公園の園内(花園稲荷神社の近辺?)に設置されたほか、全国の主要都市に設置された〔自動販売の文化史(鷲巣力著、集英社新書)〕ほか、公的施設以外でも峡中新聞(現在の山梨日日新聞の前身)のように新聞社自ら社内で閲覧させたケースや、書店が私設の閲覧所として機能していた函館市のようなケースも存在する〔書店魁文社の開店と新聞縦覧所(デジタル函館市史P1463-P1464) 〕。明治時代中期になると、都市部では新聞販売店網が整備され、新聞の入手が容易になると徐々に姿を消し始め、やがて公的施設は図書館に吸収されていった。 また、明治後期には、矢場(射的場)、銘酒屋と並んで、闇の売春所としても知られていた〔(二松堂, 1910) 〕。銘酒屋の取り締まりが厳しくなるにつれて、新聞や菓子、牛乳などを形ばかりに並べて新聞縦覧所の看板を掲げ、売春やその斡旋を陰で行なっていた。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「新聞縦覧所」の詳細全文を読む
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