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日出城 : ウィキペディア日本語版
日出城[ひじじょう]

日出城(ひじじょう)は、現在の大分県速見郡日出町にあった江戸時代を通して、木下氏が居城した。明治初期の府藩県三治制下において日出藩の藩庁が置かれた。
== 歴史 ==
1602年慶長7年)に日出藩の初代藩主木下延俊が義兄であった細川忠興の支援を受けて築城した。別名「暘谷城」と呼ばれ、3代木下俊長中国の古書、『淮南子』から引用して名づけたと伝えられる。
1874年明治7年)の廃城令において廃城処分となり、本丸に開校した暘谷学舎(現在の日出小学校の前身)の建物に利用された望海櫓と鬼門櫓を除いて建物は破却や移転によって撤去された。そののち、1921年(大正10年)日出尋常小学校の校舎建替えに伴い望海櫓は取壊し、鬼門櫓は中村家へ引き取られ移築された〔平井聖監修『城 九州沖縄8 火燃ゆる強者どもの城』毎日新聞社 1996年〕。
その内、二の丸に所在する徳永家に移築されていた裏門櫓(鐘櫓)が2000年(平成12年)に解体保存され、2010年(平成22年)に二の丸に移築復元された〔裏門櫓 ひじナビ(日出町観光協会)〕
2013年(平成25年)には鬼門櫓が二の丸の町立萬里図書館(当時)の敷地内に移築復元された〔鬼門櫓 ひじナビ(日出町観光協会)〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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