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日本列島(にほんれっとう、にっぽんれっとう)は、ユーラシア大陸東端の沿岸沖、東アジアに位置、また太平洋北西の沿海部に位置する弧状列島の一つである〔同地域には「千島列島」をはじめ多くの島々がある。このページの『日本列島 周辺の島々(極東・沿海部の島々)』の写真と説明を参照。〕。範囲にはいくつかの説があり、いずれもほぼ全域が日本の領土となっている。日本列島は列島の名前であり、国家や領土とは独立した概念であるが、日本においては日本の領土を意味する語としても混同して使用されている。日本の領土としての日本列島については日本の地理を参照。 列島は広いところで300km程度の幅があり、長さは3500km程ある。陸地面積の75%に及ぶ範囲が山地、山麓で、平地に乏しい。大部分は温暖湿潤気候に属し、梅雨や台風、また季節風の影響による豪雪の影響などにより侵食が激しい。 周囲は日本海、オホーツク海、太平洋、フィリピン海に囲まれている。列島の太平洋側には千島・カムチャツカ海溝、日本海溝、伊豆・小笠原海溝、南海トラフなどの深い海溝があり、全体が地殻変動、造山活動が盛んな活動地域となっている〔大辞林 第三版 日本列島、デジタル大辞泉 日本列島〕。また、地球上に確認されている火山の10%程度が日本列島内にあると言われている。 地質学的には、ユーラシアプレートの東端および北アメリカプレートの南西端に位置する。これら2つの大陸プレートの下に太平洋プレートとフィリピン海プレートの2つの海洋プレートが沈み込む運動によって、大陸から切り離された弧状列島になったと考えられている〔平面形が弧の形をし、弧状に伸びる島の列なりであり、大洋底との間に海溝またはトラフが存在するものをいう。 <出典> 米倉伸之「日本列島とその周辺の大地形」/ 米倉伸之・貝塚爽平・野上道男・鎮西清高編者『日本の地形1 総説』東京大学出版会 2001年 2ページ。〕。 始新世(5,600万年前 - 3,400万年前)頃からその原型が形成され、中新世(2,300万年前 - 530万年前)に日本海が形成されてユーラシア大陸と分離した。 == 範囲 == 日本列島の範囲は、おおむね、狭義と広義の2つの捉え方・見解がある。 狭義の日本列島の範囲は、北海道島、本州島、四国島、九州島の4島とそれらに付随する島々の総称とする見解である〔「広辞苑」、「大辞林」などでは、「日本列島」の定義を、北海道島・本州島・四国島・九州島とそれらに付随する島々から成る列島としている。〕。 広義の日本列島の範囲は、北海道島、本州島、四国島、九州島の4島とそれらに付随する島々、千島列島(クリル諸島)、南西諸島(主に奄美群島・沖縄諸島・先島諸島(宮古列島・八重山列島))、これらの総称とする見解である〔主要4島と本州中部から南方に伸びる伊豆・小笠原諸島、九州から台湾に伸びる南西諸島とから構成されている。 <出典> 米倉伸之「日本列島とその周辺の大地形」/ 米倉伸之・貝塚爽平・野上道男・鎮西清高編者『日本の地形1 総説』東京大学出版会 2001年 2ページ。〕〔日本列島は、北海道、本州、四国、九州の主要な4島と、それに隣接する島々、および本州中部から南方にのびる南西諸島とから構成されている。 <出典> 松田時彦・鎮西清高共著「日本列島と周辺海域の大地形と地質構造」/ 太田陽子/小池一之/鎮西清高/野上道男/町田洋/松田時彦著『日本列島の地形学』東京大学出版会 2010年 2ページ。〕。 地体構造的には、千島列島・南西諸島と対応する北海道島、本州島、四国島、九州島の4島からなる列島であり、アリューシャン(アレウト)列島を含めたアジア大陸東縁に垂下する花綵(かさい)列島の一部にあたる〔谷岡武雄・山口恵一郎監修・三省堂編集所編『コンサイス日本地名事典 第3版』(三省堂、1989年12月発行)の「日本列島」の項目に基づく。〕〔『広辞苑』(岩波書店、2008年1月第六版発行)の「日本列島」の項目の定義によれば、北海道島・本州島・四国島・九州島と付属島嶼から成る列島である。アジア大陸の東縁に沿って弧状をなす。地形学的には、千島弧・東北日本弧・西南日本弧・伊豆マリアナ弧・琉球弧などを広く併せていう。」と記されている。〕。 広義の日本列島は上記4島に加え、樺太島(サハリン島)と台湾島を加え〔Microsoftエンカルタ総合大百科2003「日本」の項目より。オンライン版 (2007年2月20日閲覧)。〕、さらに南西諸島、伊豆諸島、千島列島を加えて表現することもある〔谷岡武雄・山口恵一郎監修・三省堂編集所編『コンサイス日本地名事典 第3版』(三省堂、1989年12月発行)の「千島列島」の項目によると、「カムチャツカ半島と北海道島の間にある弧状列島。南東側を北太平洋、北西側をオホーツク海にわける。おもな島はシュムシュ島・アライト島・パラムシル島・オンネコタン島・シャスコタン島・マツワ島・ラショワ島・ケイト島・シンシル島・ウルップ島・択捉島・国後島。1875(明治8)年樺太千島交換条約によりウルップ島以北は日本領土となったが、日本はサンフランシスコ平和条約で領土権を放棄」となっている。〕〔『広辞苑』(岩波書店、2008年1月第六版発行)の「千島列島」の項目によれば、「北海道本島東端からカムチャツカ半島の南端に達する弧状の列島。国後島(くなしり)・択捉島(えとろふ)(以上南千島)、得撫島(うるっぷ)・新知島(しむしる)・計吐夷島(けとい)・羅処和島(らしょわ)・松輪島(まつわ)・捨子古丹島(しゃしこたん)・温禰古丹島(おんねこたん)(以上中千島)、幌筵島(ぱらしむる)・占守島(しむしゅ)・阿頼度島(あらいと)(以上北千島)など。第二次世界大戦後ロシア(旧ソ連)の管理下にある。クリール列島」と記載されている。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「日本列島」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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