翻訳と辞書
Words near each other
・ 有馬頼利
・ 有馬頼咸
・ 有馬頼善
・ 有馬頼寧
・ 有馬頼底
・ 有馬頼徳
・ 有馬頼徸
・ 有馬頼旨
・ 有馬頼次
・ 有馬頼永
有馬頼端
・ 有馬頼義
・ 有馬頼萬
・ 有馬頼貴
・ 有馬香
・ 有馬馨
・ 有馬駅
・ 有馬高校
・ 有馬高等学校
・ 有馬鳴動


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

有馬頼端 : ウィキペディア日本語版
有馬頼端[ありま よりなお]

有馬 頼端(ありま よりなお〔)は、筑後久留米藩第8代藩主・有馬頼貴の子。世嗣と定められたが、家督を継ぐことなく没した。
== 生涯 ==
安永8年6月27日1779年8月9日)〔『平成新修旧華族家系大成』上、p.60〕〔篠原(1981年)、p.53〕、有馬頼貴の三男として出生〔〔(夭折した男子が一人いるため、四男と記されることもある〔)。母は高木氏〔〔篠原(1981年)p.571〕。
兄の頼善が狂気によって廃嫡されたため〔、寛政5年(1793年)3月25日、父頼貴の嫡子となる〔〔篠原(1981年)p.53では、「3月28日」としている〕。同年9月15日、将軍徳川家斉に拝謁する〔。同年12月26日、従四位下上総介に叙任する〔。
しかし、家督を継ぐことなく、文化元年(1804年)12月22日に没した〔〔篠原(1981年)p.572によれば、これは届け出上の日付で、実は12月16日没という〕。享年26〔。
頼端の死により、頼端の長男の新太郎(のちの有馬頼徳)が久留米藩の嫡子と定められた〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「有馬頼端」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.