翻訳と辞書
Words near each other
・ 朝倉崇
・ 朝倉川
・ 朝倉市
・ 朝倉市立比良松中学校
・ 朝倉希
・ 朝倉希一
・ 朝倉広景
・ 朝倉延景
・ 朝倉弘詮
・ 朝倉彫塑館
朝倉愛王丸
・ 朝倉慶
・ 朝倉摂
・ 朝倉政元
・ 朝倉敏夫
・ 朝倉敏夫 (人類学者)
・ 朝倉敏景
・ 朝倉敏景十七ヶ条
・ 朝倉敏景十七箇条
・ 朝倉教景


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

朝倉愛王丸 : ウィキペディア日本語版
朝倉愛王丸[あさくら あいおうまる]
朝倉 愛王丸(あさくら あいおうまる、元亀元年(1570年) - 天正元年8月26日1573年9月22日))は、戦国時代の人物。朝倉氏の一族。
元亀元年(1570年)、朝倉義景の次男として生まれる。生母は側室で斎藤兵部少輔の娘・小少将。異母兄で世子であった阿君丸は早世していたため、生まれると同時に義景の世子に指名された。義景からは溺愛されたといわれる。
天正元年(1573年)8月、一乗谷城の戦いで父が織田信長に敗れた後、父や母に従って大野の賢松寺に落ち延びたが、8月20日に父は一族の朝倉景鏡の裏切りによって自害した。その後、愛王丸は母・祖母(義景の母)と共に捕縛され、信長によって岐阜に送られる途上の越前南部の今庄で、信長の密命を受けた護送役の丹羽長秀によって殺害された。享年4。



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「朝倉愛王丸」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.