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木村重勇 : ウィキペディア日本語版
木村重勇[きむら しげとし]

木村 重勇(きむら しげとし)は、江戸時代後期の旗本。はじめ孝綱。七日市藩6代藩主前田利理の五男。義父は木村信祐
== 生涯 ==
明和5年(1768年)11月晦日に家督を相続し、翌年3月19日に西丸小姓組に列した。安永8年(1779年)4月16日、本丸務。天明元年(1781年)5月26日、西丸勤務。天明6年(1786年)、本丸勤務に戻る。寛政8年(1796年)、幼少の徳川家慶の付属となり西丸勤務となる〔「寛政重修諸家譜」巻第千三百〕。
文化3年(1806年)、73歳で死去。法号は玄達院〔。
番役筋は両番筋で、西丸小姓組一番を勤めた。知行武蔵国相模国500石で、所属した寺は下谷法養寺(妙教山法養寺、日蓮宗)、四谷戒行寺(日蓮宗)だった。屋敷は、赤坂築地中之町に500坪の屋敷を構え、外御預地が同所に25坪あった。
娘の芳心院江戸幕府11代将軍徳川家斉に嫁ぎ、2人の間に生まれた松栄院は12代福井藩松平斉承に嫁いだ。
木村氏家紋は、丸に釘貫である。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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