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朱士行[しゅ しこう] 朱士行(しゅ しこう〔読みは蒲田茂雄『新中国仏教史』大東出版社、2001年7月11日、ISBN:978-4-500-00667-0、p24による。〕)は、中国・三国魏の仏教者。インド・西域からの渡来人や渡来僧が中心であった、3世紀当時の仏教界にあって、中国人として最初に出家した人物であるとされる。 == 生涯 == 頴川(河南省許昌県)の出身。3世紀中期に、魏の都であった洛陽に曇柯迦羅が来朝し、出家修道の儀礼を整えた。その際に、中国人で最初に出家受戒したのが、朱士行である。 その後、士行は『道行般若経』を講経していたが、その訳経の不十分なことによって、意味が理解できない箇所を発見した。それで、完本を中国に将来する必要性を痛感し、西域への求法の旅に出ることを決意した。 260年、雍州(陝西省西安市)を出立し、于闐(ホータン市)にまで到達した。そこで、「二万五千頌般若経」( sutra)の原典を得ることができ、弟子の弗如檀に命じて中国に将来させた。 291年、竺叔蘭がその般若経を漢訳し、『放光般若経』と名づけた。一方、士行の方は、遂に帰郷することなく、于闐にて亡くなった。
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