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村松三大夫高直 : ウィキペディア日本語版
村松高直[むらまつ たかなお]

村松 高直(むらまつ たかなお、延宝5年(1677年) - 元禄16年2月4日1703年3月20日))は、江戸時代前期の武士赤穂浪士四十七士の一人。通称は三太夫 三大夫(さんだゆう)。
== 生涯 ==
延宝5年(1677年)、赤穂藩士・村松秀直の長男として誕生。母は村松茂清の娘。赤穂藩では家督前の部屋住みの身であった。
元禄14年(1701年)3月14日に主君・浅野長矩吉良義央に刃傷に及んだ際、高直は父・秀直と江戸にあった。そしてともに赤穂へ行き、大石良雄に神文血判書を提出して江戸へ戻った。その後しばらくは秀直と行動を共にしていたようであるが、やがて秀直とは別に芝源助町の借家に移り住み、礒貝正久茅野常成と同居した。荻野十左衛門・植松三太夫などの変名をつかっている。父とともに吉良邸討ち入りに参加し、裏門隊に所属(秀直は表門隊)。
本懐後、水野忠之の屋敷に預かりとなり、同家家臣広瀬半助の介錯で切腹した。享年27。浅野長矩と同じ江戸の高輪泉岳寺に葬られた。法名は刃清元剣信士。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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