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松下 新平(まつした しんぺい、1966年(昭和41年)8月18日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(2期)、総務副大臣兼内閣府副大臣(第3次安倍改造内閣)。国土交通大臣政務官(第2次安倍内閣)、宮崎県議会議員(2期)を務めた。 == 経歴 == 宮崎県職員として務めた後、参議院議員・長峯基の秘書として活動。1999年宮崎県議会議員に初当選。2003年2期目当選。2004年4月に議員を辞職し、同年7月の第20回参議院議員通常選挙に無所属で出馬。自由民主党公認の現職上杉光弘(元自治大臣)を約1万7000票差で破った。 国会では民主党と同一会派「民主党・新緑風会」を組んでいたが、2007年7月5日に会派離脱を宣言。同年の参議院選挙で、松下は民主党に長峯の支援を求めたが、民主党は外山斎を無所属として擁立。松下はこれに反発し、会派を離脱して長峯を独自に支援すると表明した。「選挙後の枠組みも含めて民主なのか自民なのかどういうスタンスなのか」と質問されると、松下は「ちょうどど真ん中とご理解いただきたい」と答えた。地元紙『宮崎日日新聞』7月9日号コラム「くろしお」〔風に立つ松下参院議員 2007年7月9日 〕が「非自民」の票を投じた有権者への裏切りではないかと批判すると、松下は緑風会を引き合いに出し「参議院のあり方が問われている現状の国会運営や近い将来興ることを確信する政界再編の流れの中で、敢えて、厳しい環境ではありますが、これまで通り、軸がぶれることなく、高い志を持って、正々堂々と政治活動を行っていく私の想いとご理解いただきたいと想います。」と反論した〔ちょうどど真ん中とご理解いただきたい!! 〕。 2008年8月29日、この日設立の新党・改革クラブ(現新党改革)に参加。 2009年12月、次期参院選挙で自民党からの出馬を打診されたが、改革クラブ所属議員が4人となり政党交付金を受け取れる政党要件(国会議員5人以上)を満たさなくなるため、自民党は引退を表明している参議院議員の山内俊夫を改革クラブに移籍させると報道された〔毎日新聞2009年12月26日の記事 〕。 2010年、第22回参議院議員通常選挙で宮崎県選挙区における自民党公認候補となり、再選。 2011年4月14日、東日本大震災の復興補正予算が議論される中、復興予算捻出のためのODA削減案に反対する超党派連合のメンバーとして名を連ねる〔超党派議員がODA削減反対で一致 政府に申し入れへ 〕〔平成23年4月14日第一次補正予算におけるODA削減に関する勉強会 〕。2012年秋、総裁退任直後の谷垣による勉強会「有隣会」に参加。同年12月、第2次安倍内閣の国土交通大臣政務官に就任した(2013年9月に退任)。 2015年10月、第3次安倍改造内閣の総務副大臣兼内閣府副大臣に就任した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「松下新平」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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