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松井新三郎 : ウィキペディア日本語版
松井新三郎[まつい しんさぶろう]

松井新三郎(まつい しんさぶろう、生没年未詳)は、戦国時代の武将。松井長之(越前守)の三男。松井正之(山城守)の弟。松井康之(佐渡守)の叔父。
== 生涯 ==
松井氏は新三郎の祖父の松井宗富(信濃守)以来、室町幕府に重臣として仕えた家だという。新三郎は将軍足利義晴義輝の代に仕えた。
永禄8年(1565年)5月19日朝、三好家の家老、松永久秀の子の義久と三好三人衆らは謀反を起こし、足利義輝の二条御所、武衛陣(現 上京区武衛陣町)を攻撃した(永禄の変)。新三郎は義輝に付き添い、義輝や荒川治部少輔、細川宮内少輔、武田信景他とともに討死した〔『細川幽斎伝』 平湯晃著 河出書房新社 8-10頁 1999年〕 。その変により、松井氏は長男勝之が殉死し、二男の康之が家督を継いだ〔松井家譜〕 。康之は細川藤孝と行動を共にし、後に織田信長の家臣となった。だが、実際には細川藤孝の家臣であったと言われている。天正9年(1581年)、羽柴秀吉が鳥取城攻めを行なった時には水軍衆を率いて秀吉方の付城に兵糧を入れ、鳥取城に兵糧を入れようとしていた毛利水軍を撃退、毛利の将・鹿足元忠を討ち、その勢いで伯耆・泊城を攻めるなど活躍。信長から賞賛されたという(細川家記、松井家譜)。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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