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松井 簡治(まつい かんじ、文久3年5月18日(1863年7月3日) - 昭和20年(1945年)9月26日)は、明治から昭和にかけて活躍した国語学者。旧姓は宮内。号は刀水、碧湾。下総国銚子(現・千葉県銚子市)出身。 帝国大学特約生教育学科を修了後文科大学国文学科選科に在籍、その後学習院教授、東京高等師範学校教授、東京文理科大学教授を歴任。20年近くかけて国語辞典、大日本国語辞典を著し(この辞典には、上田萬年と共著と書かれているが、上田は名を貸しただけで実際は、ほぼ一人で編纂した)、その後修訂を続けた(その遺稿は、孫の松井栄一が編集主幹を務める日本国語大辞典に載せられた)。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「松井簡治」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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