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松田瓊子 : ウィキペディア日本語版
松田瓊子[まつだ けいこ]

松田 瓊子(まつだ けいこ、1916年3月19日 - 1940年1月13日)は、日本小説家。父は小説家の野村胡堂精神科医神谷美恵子は友人。
== 経歴 ==
東京市小石川区(現在の東京都文京区)に4人兄弟の次女として生まれる。作家の父と高等女学校の教員であった母のもと、文化的に恵まれた家庭に育つ〔『〈少女小説〉ワンダーランド - 明治から平成まで』165頁。〕。日本女子大附属高等女学校(現在の日本女子大学附属中学校・高等学校)に入学した頃から少女小説を書き始め、女学校卒業の頃に初めての長編である『人形の歌』を完成する。女学校卒業後は日本女子大学校(現在の日本女子大学)英文科に入学する。卒業生名簿に名前が記載されていないことから、卒業はしなかったとされている〔『少年小説体系第25巻 少女小説名作集(二)』 557頁。〕。
19歳から20歳にかけて長編『七つの蕾』を完成する。1937年(昭和12年)1月に『少女小説物語 七つの蕾』の題で教材社から単行本が刊行された。妹が装丁を手がけ、序文には村岡花子の推薦の言葉がある。同年の秋に政治学者の松田智雄と結婚した。結婚後は長編『紫苑の園』、短編『野の小路』を完成した。長編『蔓ばらの咲く家』を執筆中に腹膜炎を患い、1940年(昭和15年)に23歳で亡くなる。翌1941年(昭和16年)には遺稿である『紫苑の園』の単行本が甲林書房から刊行された。『紫苑の園』には『七つの蕾』同様に妹の装丁と村岡の序文に加え、父と夫の跋がある。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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