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檜山安東氏城館跡 : ウィキペディア日本語版
檜山安東氏城館跡[ひやまあんどうしじょうかんあと]

檜山安東氏城館跡(ひやまあんどうしじょうかんあと)は、秋田県能代市檜山集落の東側丘陵にあった山城である。檜山城跡と、その近くにある大館跡、茶臼館跡、国清寺跡とあわせて、国の史跡に指定されている。
== 概要 ==
檜山城は、能代市南東部に位置し、米代川の支流檜山川南の標高147m, 周囲との比高128mの霧山にある。所在地の名をとり「霧山城」、あるいは「堀ノ内城」ともいわれる。東西1,500m, 南北900mの大規模な山城であり、西方には羽州街道が縦走する。
霧山およびその山麓の馬蹄形地形を利用して構築され、堀切段築を用いて要害としている。城の中核である本丸二の丸、三の丸は南側の最頂部に位置する。北側の緩斜面にも多数の郭(曲輪)や腰郭があり、享保13年(1728年)および天保2年(1831年)の絵図には本宮堂、鉄砲場、星場など多数の施設が記載されている。本丸以下の南側とこれら北側緩斜面の間の尾根には跡がある。本丸の北東約1,250m地点に安東家の菩提寺国清寺があり、西北西700m地点には霧山天神宮、その沢をはさんだ南側に多賀谷氏(後述)の菩提寺多宝院がある。さらに、霧山天神宮と多宝院にはさまれた舌状台地(沢をはさんで天神宮側)には安東氏時代の御用場跡があったと推定される。
なお、古城地区には「館神」、「御料場」、「古寺」、赤館地区には「鉄砲場」、「背中あぶり」という地名が今も残っている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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