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毛利高謙 : ウィキペディア日本語版
毛利高謙[もうり たかあき]
毛利 高謙(もうり たかあき、1840年天保11年)5月 - 1876年明治9年)7月11日)は、豊後国佐伯藩の第12代(最後)の藩主。
第11代藩主毛利高泰の長男。正室は細川立則の娘。養子に毛利高範。官位は従五位下、伊勢守。幼名は岩之助。
文久2年(1862年)、父が病を理由に隠居したため、その跡を継いだ。翌年から軍備の近代化、海防の強化などを行なった。高謙は外交に巧みな人物で、幕命を受けて江戸佃島などの守備を行なう一方で、朝廷孝明天皇に対しても特産の和紙を献上して気脈を通じていた。慶応4年(1868年)、鳥羽・伏見の戦いで幕府軍が敗れた後、新政府軍に恭順を誓った。明治2年(1869年)の版籍奉還により知藩事となり、明治4年(1871年)の廃藩置県により免官となる。明治9年(1876年)7月11日、37歳で死去した。法号は温良院。



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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