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三無事件(さんむじけん)は、1961年(昭和36年)12月12日に日本で発覚したクーデター未遂事件。川南工業社長の川南豊作を首謀者として〔旧陸軍出身者らが〔日本政府の要人の暗殺を計画し〔、未遂に終わり警視庁により逮捕された。発生当初は国史会事件と称された。 破壊活動防止法が初めて適用され〔、有罪判決が下された〔。 1961年12月12日に警視庁等が32箇所を捜索、川南豊作他13人を逮捕し、日本刀8振、ライフル銃2丁、防毒マスクなどを押収した。 三無とは無税・無失業・無戦争の「三無」という主張である〔。。。 == 関与者 == 年齢は全て当時 直接の容疑は川南らは殺人予備、川下は銃刀法違反〔 * 川南豊作 - 首謀者 元川南工業代表〔 * 桜井徳太郎 - 元陸軍少将〔 * 三上卓 - 。五・一五事件に関与〔 * 小池一臣 - 陸軍士官学校第60期〔、「国史会」主宰者〔 * 篠田英悟 - 日本学生改新会会長〔、元菊旗同志会中央委員〔 * 川下佳節 - 三無塾塾長〔、のち市川市議会議長。2006年12月死去 * 池口恵観 (25) - 事件当時・鮫島正純(事件後母方の姓に改姓)。馬場元治の秘書。2013年現在は鹿児島県の最福寺住職。 。。 三無塾の他、右翼団体の「菊旗同志会」が決起に参加する予定だった。 自衛隊の一部部隊にも参画するよう工作されていた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「三無事件」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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