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河分神社[かわわけじんじゃ]
河分神社(かわわけじんじゃ)とは、奈良県吉野郡黒滝村にある神社である。 == 概要 == 黒滝村内の赤滝、中戸、寺戸、脇川、堂原、御吉野の6大字の産土神とされる神社。黒滝川と川合川の合流地点である中戸字川戸に鎮座する。この場所は口吉野の下市から広橋峠を経由し小南峠から大峰山登山口の洞川へ至るかつての山上街道(山上参り道)沿いにあり、現在も県道洞川下市線と県道赤滝五條線が分かれる交通の要所であった。神社は丘陵の尾根の先端にあり境内には銀杏や杉の巨樹がある〔『黒瀧村史』 536頁 - 541頁。〕。明治7年(1874年)以前は神宮寺(別当寺)の南光寺をもち社僧別当1人と神職5人がいた〔『黒滝村の仏像』 134頁 - 135頁。〕。 この神社は春日大社の祭神を分神したものであるがその時期は明らかでない。古記録には河分大明神とあり「河分明神さん」と呼んで崇拝されていた。河分神社は古くから祈雨祈晴に霊験があるとされ、文禄4年(1595年)や延宝7年(1679年)の検地では「村中氏神河分大明神神宮山」と記し除地になっている。これは春日分神を祀る以前から河分の神としてこの宮山を崇拝していたことを物語る。この場所が黒滝川と川谷川の合流する地点であることから水分神の如き水に対する信仰をもっていた山であったようで、いつの頃かに春日分神を勧請し四社神社と呼ばれた時期もあるがその後に河分神社と改称していることからも明らかである〔。 南光寺本尊の阿弥陀如来坐像(黒滝村指定文化財)は廃寺となったあと神社そばに大日堂を建てて祀られている。像内墨書銘には天文5年(1536年)の年記と「大和州釜口住英尊」ら多くの人名が見える。釜口(長岳寺)は大峰山の修験者とかかわりがあることから、この本尊の由来も大峰山往来の途上で河分神社に参拝する修験者に求められる〔『黒滝村の仏像』 8頁 - 9頁、46頁 - 47頁。〕。なお南光寺本尊が大日如来であるとの伝承は近年まで根強かった〔『黒滝村の仏像』 136頁。〕。 黒滝・森物語村に移築された庄屋の家〔庄屋の家 (黒滝・森物語村)〕(旧正司邸)及び黒滝村民俗資料館〔黒滝村民俗資料館 (黒滝・森物語村)〕(旧黒滝村役場庁舎・奈良県指定有形文化財)は共に河分神社と道路を挟んで隣接していた建物である。河分神社西向いに正司邸、その北向いに黒滝村役場(元・吉野材木黒滝郷同業組合事務所)があった。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「河分神社」の詳細全文を読む
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