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河野左金太[こうの さきんた]
河野 左金太(こうの さきんた〔『私の二・二六事件』「著者紹介」〕〔『日本海軍史(第9巻)』では「かわの さきんた」。〕、(1865年10月20日(慶應1年9月1日)) - 1932年(昭和7年)4月8日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。二・二六事件に関与し自決した河野寿は三男〔219頁〕。 == 生涯 ==
===少尉任官まで=== 河野は神奈川県士族〔 〕出身の海軍兵学校13期生である。1886年(明治19年)、同期生34名と航海練習艦「龍驤」乗り組みを命じられ、豪州方面への航海で実務訓練を受け、翌年2月に少尉候補生となる。10月に海軍兵学校の卒業証書の授与を授与され〔『海軍兵学校沿革』「明治20年10月10日」〕、「金剛」、「海門」、「武蔵」乗組みとして実務経験を積んだ。少尉任官は1888年(明治21年)11月である。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「河野左金太」の詳細全文を読む
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