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河野誉彦 : ウィキペディア日本語版
河野誉彦[かわの やすひこ]

河野 誉彦(かわの やすひこ、1961年1月31日 - )は、熊本県上天草市出身の元プロ野球選手でありポジションは外野手。現役時代は横浜大洋ホエールズ西武ライオンズに所属していた。
本名及び1982年までの登録名は河野 安彦
== 来歴・人物 ==
鎮西高では、1978年夏の甲子園県予選決勝に進出するが、熊本工大高に敗退し、甲子園出場を逸する。同年のドラフト外で横浜大洋ホエールズ に入団。
大型外野手として期待されたが伸び悩み、二軍暮らしが長かった。1983年に登録名を「誉彦」に変更。1985年は一軍に定着、主に右翼手として73試合に出場し8本塁打を放つが以後は低迷。1989年10月12日ヤクルトスワローズ戦で、川崎憲次郎から代打サヨナラホームランを放った。
1990年開幕直前、西武の駒崎幸一秋元宏作青山道雄3選手との交換トレードで村岡耕一選手とともに移籍したが、ここでも活躍の場はなく、その年限りで引退した。その年に背番号が38から0に変更されており、公式戦出場は無いものの、大洋球団初の背番号0を着けることとなった(河野の移籍後はトレード相手の青山が着けることとなる)。
現在は熊本市若葉で焼肉 三十八(みとはち) を経営している。
店名の三十八(みとはち)は、現役時代の背番号38に由来している。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「河野誉彦」の詳細全文を読む



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