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浅井茶々 : ウィキペディア日本語版
淀殿[よどどの]

淀殿(よどどの、永禄12年(1569年)?〔生年については、浅井家の記録である『浅井三代記』に茶々の誕生に関する記述が全くないため、長らく永禄10年(1567年)と推測されてきたが、近年では永禄12年(1569年)誕生説が有力になっている。また、永禄9年(1566年)生まれの説もある。〕〔江戸時代に書かれた『翁草』に、茶々が慶長20年(1615年)の大坂の夏の陣で死亡した時49歳だったと記され、母の市が長政に嫁いだのが永禄10年頃とされているため、市の連れ子で長政以前に嫁いだ時に産まれたという説がある。また市を信長の妹ではなく従妹とする資料もあるため、茶々は信長と市の娘とする説もある。また、淀殿の兄と言われる浅井万福丸が市の子であるかどうか明記した史料はない。ただしいずれも十分な史的考察に裏付けられている訳ではない。〕 - 慶長20年5月8日1615年6月4日))は、戦国時代から江戸時代初頭の人物。豊臣秀吉側室〔この時代の史料で、淀殿を側室または愛妾などと記述するものは存在せず、秀吉没後、正室高台院と共に「両御台所」と記した史料(『佐竹古文書』一四五)が存在する(福田千鶴『淀殿 — われ太閤の妻となりて』p.5,p.6,p.165,p.166)。〕。
位階従五位下とされるが、諸説あり。本名は 浅井 茶々(あざい ちゃちゃ)および浅井 菊子(あざい きくこ)。浅井三姉妹の一人。
== 概要 ==
近江国戦国大名浅井長政の娘〔『浅井氏家譜大成』によると、永禄10年以前は信長と長政は面識が全くなかったとある。これが茶々の永禄9年生まれの説に基づいている。また浅井家の菩提寺である徳勝寺には、三姉妹の内、淀殿の位牌のみない。〕。
母は織田信長の妹・織田信長の姪にあたる。
同母妹に初(常高院京極高次正室)と江(崇源院徳川秀忠正室)、異母弟妹には京極竜子の侍女(姥)となったくす、千姫の乳母となった刑部卿局浅井井頼がいる。
子には棄(鶴松、夭折)と拾(秀頼)、猶女には完子〔妹の江と豊臣秀勝の間の娘で、姪にあたる。〕 がいる。
乳母は大蔵卿局大野治長の母)、饗庭局(大叔母にあたる海津殿の次女)、大局(前田利家の弟にあたる佐脇良之の室)の三人が明らかになっている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Yodo-dono 」があります。



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