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浅野長勝 : ウィキペディア日本語版
浅野長勝[あさの ながかつ]
浅野 長勝(あさの ながかつ、生年不明 - 天正3年9月10日1575年10月13日)?〔没年は『寛政重修諸家譜』に基づく。『祖父物語』では永禄11年(1568年)9月、観音寺城の戦いで戦死したとあり、『高野山過去帳』では永禄12年(1569年)3月20日ともある。〕)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将浅野氏当主。父は浅野長詮。妻は七曲殿杉原家利の娘)。通称は又右衛門。
== 経歴 ==

尾張織田氏に弓衆として仕えた。天正年間に安井城(現在の愛知県名古屋市北区)を築城し、後に長勝が中島郡大里村(同県稲沢市)に所領が移った時に廃城となった。後に浅野城(同県一宮市)に移る。その後、織田信長の命により羽柴秀吉に属す。
男児はなく、妻・七曲の妹の朝日杉原定利夫妻の娘であるねね(おね)やや〔ややに関しては長勝の実子ともいわれる〕の姉妹を養女として養育し、姉婿の安井重継の子で甥にあたる弥兵衛(後の浅野長政)をややの婿養子にむかえ家督を継がせた。また、ねねが木下藤吉郎(後の秀吉)に嫁いだことから浅野氏は木下(杉原)家とならんで秀吉に最も近い姻戚となり、この関係から豊臣政権に重きをなすことになる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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