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淳子女王(じゅんしじょおう、生没年不詳)は、平安時代後期の皇族。三品式部卿敦賢親王(小一条院敦明親王の王子)の王女(三条天皇の曾孫)。母は源親方の娘。白河天皇治世下の伊勢斎宮。兄弟に居子女王・増賢らがいた。 延久5年(1073年)2月16日、伊勢斎宮に卜定。承保2年(1075年)9月20日、伊勢へ群行。同4年(1077年)8月17日、父敦賢親王の死去により在任5年で退下。同年12月9日帰京。その後の消息は不明。 == 参考文献 == * 芳賀登ほか監修『日本女性人名辞典』日本図書センター、1993年。 * 山中智恵子『続斎宮志』(砂子屋書房、1992年) ISBN 4-7904-9221-4 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「淳子女王」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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