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清水大輔 : ウィキペディア日本語版
清水大輔[しみず だいすけ]

清水 大輔(しみず だいすけ、1963年2月8日〔外部リンク(TBSホームページ内プロフィール)を参照。〕〔『ラジオコンフォート』P113に掲載された、清水のプロフィールを参照。〕 - )は、TBSテレビアナウンサー
== 来歴・人物 ==
東京都生まれ〔(同小金井市出身〔)。父は中央大学法学部長を務めていた〔『12球団全選手カラー百科名鑑2007』(『ホームラン』2007年3月号増刊。日本スポーツ出版社発行)P241〕。
私立桐朋高等学校〔、早稲田大学政治経済学部〔を経て、1985年札幌テレビ放送(STV)へ入社〔(同期に森中慎也山上淳子高野美佐)。ニュースからバラエティまで様々なジャンルの番組を担当〔『ラジオコンフォート』P112の記述およびP113の清水のプロフィールを参照。〕。ラジオ番組〔STVは、当時ラジオテレビ兼営局だった。〕『ドライビングパートナー・STVホットライン』ではサテライトスタジオ担当パーソナリティとして、ゲスト出演していたススキノのバーのママ相手に下ネタを炸裂させるなどしていた。
1993年10月、当時の東京放送に中途採用として入社〔『TBS50年史』資料編P240より、清水の情報を参照。〕〔『TBSアナウンサーの動き』P32より、清水の情報を参照。入社前、札幌テレビに在籍していた旨も明記。〕・移籍〔『ラジオコンフォート』P113に掲載のプロフィールより、1993年に移籍した旨を記述。〕。2004年10月には社内再編により他のアナウンサーとともにTBSテレビへの出向社員となり〔参考:TBS社員7割子会社出向…安住、小倉アナも - 『ZAKZAK』2005年1月21日付〕、2009年4月持株会社化〔2001年9月まではラジオテレビ兼営局だったが、その後ラジオ・テレビともに子会社として分社化された(ラジオは2001年10月に「TBSラジオ&コミュニケーションズ」へ、テレビは2009年4月に「TBSテレビ」へそれぞれ移行)。東京放送はテレビの分社とともに持株会社・「東京放送ホールディングス」となり、「TBS」の呼称もTBSテレビの略称として継承された。〕に伴い、正式にTBSテレビの社員となる。
TBS移籍以降は主にスポーツ中継の実況を担当(担当競技は、野球〔〔、サッカー〔〔、陸上競技〔、スピードスケート〔〔、競輪〔、バレーボール〔、バスケットボール〔など〔)。当初はテレビのサッカー中継を主に担当していたが〔、のちにラジオのプロ野球中継を主に担当している〔。
サッカーでは、2002年FIFAワールドカップのテレビ中継、2006年2010年に同民放ラジオ代表実況を担当。
2013年9月26日日本プロ野球(NPB)・東北楽天ゴールデンイーグルスパシフィック・リーグ初優勝決定試合となった、西武対楽天戦(西武ドーム)のラジオ中継で実況を担当した〔『エキサイトベースボール』公式サイト内中継スケジュール表 - オリジナル 2013年10月10日(日本時間)閲覧のアーカイブ(『Archive.is』2013年10月11日2時46分付けキャッシュ)〕〔『12球団全選手カラー百科名鑑2014』P280より、楽天のリーグ初優勝を実況したことが明記(媒体については明記せず)。〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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