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湿地遺体 : ウィキペディア日本語版
湿地遺体[しっちいたい]

湿地遺体(しっちいたい、''Bog body'')はピートボグ泥炭地)の中で自然にミイラ化(屍蝋化)した人間死体である。湿地遺体は世界各地域で見られ、紀元前9000年から第2次世界大戦期までのものが知られている〔Fischer 1998. p. 237.〕。いずれの湿地遺体も泥炭中から発見されているが、その保存の程度はまちまちで、全身が保存されたものもあればだけのものもある〔Van der Sanden 1996. p. 7.〕。
多くの古代人の遺体と異なり、湿地遺体は特殊な周辺環境(強酸性、低温、酸素の欠乏)のおかげで皮膚内臓が保存されている。ただし泥炭に含まれる酸がリン酸カルシウムを溶かしてしまうため、骨の保存状態は概してよくない。
現在知られている最古の湿地遺体は、デンマークで発見されたKoelbjerg Woman と呼ばれる人骨で、これは紀元前8000年(中石器時代)に位置づけられる〔。軟組織が保存された湿地遺体で最古のものは、Cashel Manで紀元前2000年(青銅器時代)に位置づけられる。トーロンマンなどの著名な事例を含む、ほとんどの湿地遺体は鉄器時代のもので、北欧、特にデンマークドイツオランダイギリスアイルランドで多く発見されている。トーロンマンなど鉄器時代の湿地遺体は、殺害されたことや衣服を身にまとっていないことなどが共通し、そこから生け贄に捧げられたか罪を犯したために処刑され、泥炭に埋まったと考える考古学者もいる〔。最も新しい湿地遺体は、第2次世界大戦時、ロシア湿原で殺害された兵士のものである〔。
ドイツの科学者であるAlfred Dieckは、彼が1939年から1986年にかけて数え上げた1,850体以上もの湿地遺体のカタログ出版した。しかしその多くは文献や考古学的発見によって検証されたものではなく、2002 年にドイツの考古学者が行った分析では、ディックの報告の大部分は信頼できないと結論づけられている〔。
== 保存のプロセス ==
泥炭中の湿地遺体は、人為的なミイラ化によるものではなく、自然現象によって保存されたものである〔。これは、泥炭地特有の物理的・科学的組成に起因する〔Fischer 1998. p. 238.〕。泥炭の種類の違いは遺体の保存状態に影響し、Raised bogでは完璧に保存された湿地遺体が出土するのに対し、フェンやTransitional bogでは軟組織は保存されず、骨だけになっていることが多い〔。
遺体の保存に適した泥炭地は数が限られており、その多くは海水域に近い寒冷地にある。例えばHaraldskær Womanが発見されたデンマークのある地域の場合、北海から湿原に吹く潮風が、泥炭の発達に適した環境をもたらしていた〔Silkeborg Museum pg=Tollundman.dk 〕。新しい泥炭が古い泥炭に置き換わる際、下層の古い物質が腐敗し、フミン酸を放出する。フミン酸はと同程度のpHがあり、ピクルスと同じ理屈で遺体を保存する〔 〕。また泥炭地は水の交換が行われない環境で形成される。この環境下では強酸性かつ酸素が欠乏するため、有機物の分解に関わる地下の好気性生物は不活性化する。また研究の結果、水温の低い(4℃以下)冬から早春のあいだに埋没したことが遺体の保存に大きく関わっていることがわかっている〔。低温下ではフミン酸が組織の腐敗が始まる前に浸透し、細菌の増殖速度が落ちるため、遺体の保存を可能にしている〔。
泥炭の化学的環境は、有機酸アルデヒドが高濃度で存在する飽和酸性環境を伴う。嫌気性の酸性泥炭中では、革製品などの有機物が保存される。現代の研究者は泥炭環境を実験室内でつくり、Haraldskær Womanが2500年かけて保存されたのと同じプロセスをより短い時間で再現することに成功している。発見された大部分の湿地遺体は、完全には保存されずある程度腐敗している。湿地遺体は通常の大気にさらされると急速に分解されてしまうため、多くの資料が失われた。1979年の段階で保存されていた湿地遺体は53体である〔Gill-Frerking, Heather. "Bog Bodies-Preserved from Peat." Mummies of the World. Ed. Wilfried Rosendal and Alfried Wiczorec. 2009. 63. Print.〕〔Hajo Hayen: Die Moorleiche aus Husbäke 1931. In: Archäologische Mitteilungen aus Nordwestdeutschland. 2, 1979, ISSN 0170-5776, S. 48-55.〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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