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満州短歌[まんしゅうたんか] 『満州短歌』(まんしゅうたんか)は、1929年に創刊された短歌雑誌。 ==概要== 「満州郷土藝術協會」が発行、八木沼丈夫が主宰〔拓殖大学図書館・国際日本文化研究センター図書館等所蔵の月刊「満州短歌」参照〕 、主要同人〔拓殖大学図書館・国際日本文化研究センター図書館等所蔵の月刊「満州短歌」参照〕 に八木沼丈夫、原眞弓、富田充、城所英一、山本友一〔戦後、歌誌「地中海」に所属し宮中歌会始選者をつとめた歌人〕、小川博三、香川末光、三ツ谷平治などが居る。発行者〔拓殖大学図書館・国際日本文化研究センター図書館等所蔵の月刊誌「満州短歌」参照〕 は1935年(昭和10年)頃までは城所英一、以後、終刊号となった1941年(昭和16年)発行の第13巻117号までは香川末光であった。「満州短歌」には、人間愛に満ちた八木沼丈夫を慕う若者たちが多く集まり、大陸における短歌活動の中心となった〔創大アジア研究第23号(2002年3月発行)17-26頁の「満州における日本文学の研究(西田禎元)」〕。 1941年(昭和16年)4月1日に4歌誌の合同により「満州短歌」 は「短歌精神」〔北海道立文学館所蔵の月刊誌「短歌精神(津田木綿子寄贈)」参照〕 に統合された。この時の「短歌精神」の発行人は富田充であった。その後、1941年(昭和16年)11月1日には、八木沼丈夫主宰の「短歌中原」〔北海道立文学館等所蔵の月刊誌「短歌中原(津田木綿子寄贈)」参照〕が創刊され、「満州短歌」の同人はこの「短歌中原」に参加した。「短歌中原」の発行人は第3巻までは田邊益男、その後は及川鶴治となる。「短歌中原」は1945年(昭和20年)2月1日発行の第五巻第二号により終刊となる。 終戦後の1948年(昭和23年)8月30日に竹内正俊、三ツ谷平治などの尽力により「短歌中原」が復刊〔北海道立文学館等所蔵の月刊誌「短歌中原(津田木綿子寄贈)」参照〕されるが、第二号により終刊となる。復刊「短歌中原」の発行者は原眞弓であった。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「満州短歌」の詳細全文を読む
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