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源義国 : ウィキペディア日本語版
源義国[みなもと の よしくに]

源 義国(みなもと の よしくに)は、平安時代後期の河内源氏武将源義家の子〔尊卑分脈では三男とされるが、出生年が四男とされる義忠より後になるため、長幼の順は定かではない。〕。新田足利両氏の祖にあたる。
== 経歴 ==
源頼信-頼義-義家と伝領した摂関家上野国八幡荘を相続した〔久保田順一『中世武士選書18 新田義重 北関東の治承・寿永内乱』戎光祥出版 2013年11月1日 ISBN 978-4-86403-094-6〕。長兄義宗が早世し、次兄義親が西国で反乱を起こすと、三兄の義忠とともに次期「源氏の棟梁」としての期待を受けた。しかし、乱暴狼藉を行ったことや、時代の趨勢に合わないと義家に判断されて後継者から外されていった。
叔父義光との抗争(常陸合戦)には敗れ、常陸国は義光流の佐竹氏に譲ることになったが、足利庄を成立させるなど、下野国に着実に勢力を築いていった。晩年にも勅勘を被るなど、気性の荒さは改まらず、荒加賀入道と言われた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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