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『源氏物語』(げんじものがたり)は、平安時代中期に成立した日本の長編物語、小説である。文献初出は1008年(寛弘五年)で、この頃には相当な部分までが成立していたと思われる。 == 題名 == 古写本は題名の記されていないものも多く、記されている場合であっても内容はさまざまである。『源氏物語』の場合は冊子の標題として「源氏物語」ないしそれに相当する物語全体の標題が記されている場合よりも、それぞれの帖名が記されていることが少なくない。こうした経緯から、現在において一般に『源氏物語』と呼ばれているこの物語が書かれた当時の題名が何であったのかは明らかではない。古い時代の写本や注釈書などの文献に記されている名称は大きく以下の系統に分かれる。 * 「源氏の物語」、「光源氏の物語」、「光る源氏の物語」、「光源氏」、「源氏」、「源氏の君」などとする系統。 * 「紫の物語」、「紫のゆかり」、「紫のゆかりの物語」などとする系統。 これらはいずれも源氏(光源氏)または紫の上という主人公の名前をそのまま物語の題名としたものであり、物語の固有の名称であるとはいいがたい。また、執筆時に著者が命名していたならば、このようにさまざまな題名が生まれるとは考えにくいため、これらは作者によるものではない可能性が高いと考えられている〔池田亀鑑「総記 一 名称」『合本 源氏物語事典』。 〕。 『紫式部日記』、『更級日記』、『水鏡』などこの物語の成立時期に近い主要な文献に「源氏の物語」とあることなどから、物語の成立当初からこの名前で呼ばれていたと考えられているが、作者の一般的な通称である「紫式部」が『源氏物語』(=『紫の物語』)の作者であることに由来するならば、そのもとになった「紫の物語」や「紫のゆかりの物語」という名称はかなり早い時期から存在したとみられ、「源氏」を表題に掲げた題名よりも古いとする見解もある。「紫の物語」といった呼び方をする場合には現在の源氏物語54帖全体を指しているのではなく、「若紫」を始めとする紫の上が登場する巻々(いわゆる「紫の上物語」)のみを指しているとする説もある。 『河海抄』などの古伝承には「源氏の物語」と呼ばれる物語が複数存在し、その中で最も優れているのが「光源氏の物語」であるとするものがある。しかし現在、「源氏物語」と呼ばれている物語以外の「源氏の物語」の存在を確認することはできないため、池田亀鑑などはこの伝承を「とりあげるに足りない奇怪な説」に過ぎないとして事実ではないとしている〔池田亀鑑 『源氏物語入門 新版』 6頁。〕〔池田亀鑑 『源氏物語入門』 6頁。〕が、和辻哲郎は、「現在の源氏物語には読者に現在知られていない光源氏についての何らかの周知の物語が存在することを前提として初めて理解できる部分が存在する」として、「これはいきなり斥くべき説ではなかろうと思う」と述べている〔和辻哲郎「日本精神史研究」所収「源氏物語について」〕。 このほかに、「源語(げんご)」、「紫文(しぶん)」、「紫史(しし)」などという漢語風の名称で呼ばれていることもあるが、これらは漢籍の影響を受けたものであり、それほど古いものはないと考えられている。池田によれば、その使用は江戸時代をさかのぼらないとされる〔池田亀鑑 『源氏物語入門 新版』 8頁。〕〔池田亀鑑 『源氏物語入門』 7頁。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「源氏物語」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 The Tale of Genji 」があります。 スポンサード リンク
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