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瀬良明 : ウィキペディア日本語版
瀬良明[せら あきら]

瀬良 明(せら あきら、1912年10月14日 - 没年不詳)は、日本俳優岡山県児島郡味野町(現在の岡山県児島市)出身。本名は渡辺 章
==来歴・人物==
1912年(大正元年)10月14日岡山県児島郡味野町(現在の児島市)に生まれる。広島県立福山誠之館中学(現在の広島県立福山誠之館高等学校)を経て大阪外国語学校スペイン語部を卒業〔『日本映画俳優全集・男優篇』p.304〕。
1935年(昭和10年)、大阪共同劇団の創立に参加し、久板栄二郎作『断層』や真船豊作『裸の町』などの舞台に出演。1939年(昭和14年)、今井正監督の『沼津兵学校』で映画初出演。劇団解散後の1941年(昭和16年)、大阪放送劇団創立に参加するが、翌1942年(昭和17年)に退団、上京して瑞穂劇団に参加し、終戦まで移動演劇を続けた〔。
戦後、東宝の専属となり、黒澤明監督の『生きる』を始め多くの映画に出演。地味で渋いタイプを身上に気の弱い万年ヒラ社員といった役どころを中心に活躍した〔。後にフリーとなり、1960年代以降はテレビドラマにも活躍の場を広げた。1980年(昭和55年)以降の消息は不明。
妻は元女優の葵令子で、築地座を経て松竹下加茂撮影所に入社し、衣笠貞之助監督の『雪之丞変化』等に出演した人物である。二人の間に一女を儲けている〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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