翻訳と辞書
Words near each other
・ 片倉城
・ 片倉守信
・ 片倉宗景
・ 片倉小十郎
・ 片倉小十郎重綱
・ 片倉小十郎重長
・ 片倉工業
・ 片倉政憲
・ 片倉景綱
・ 片倉景親
片倉景貞
・ 片倉景長
・ 片倉村休
・ 片倉村典
・ 片倉村定
・ 片倉村廉
・ 片倉村長
・ 片倉比佐子
・ 片倉氏
・ 片倉温泉


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

片倉景貞 : ウィキペディア日本語版
片倉景貞[かたくら かげさだ]
片倉 景貞(かたくら かげさだ、安永4年(1775年) - 天保11年9月9日1840年10月4日))は、江戸時代伊達氏重臣。白石片倉家第10代当主。
父は片倉村典。子は片倉宗景。幼名三之助。通称は讃岐、小十郎。号大弼。俳号鬼孫。
== 略歴 ==
安永4年(1775年)白石片倉家第9代当主片倉村典の長男として生まれる。文化12年(1815年)病のため奉行職(家老)を辞職した父に代わって奉行職となる。文化14年(1817年)父の隠居により家督相続。翌文政元年(1818年)病を理由に家督を嫡男宗景に譲り、大弼と号して常盤崎の別邸で隠居する〔この頃の片倉氏は、家督継承時に主君の伊達氏(仙台藩主)から一字拝領をする慣習があったが、当主であった期間が僅か1年ほどであった景貞は偏諱の授与を受けなかった。〕。父と同じく俳人松窓乙二(岩間乙二)に師事し、俳号を鬼孫と名乗った。文政6年(1823年)師乙二の俳句集「松窓句集」を編纂する。天保11年(1840年)9月9日没。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「片倉景貞」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.