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片桐貞芳[かたぎり さだよし] 片桐 貞芳(かたぎり さだよし、元文5年2月8日(1740年3月5日) - 文化2年6月18日(1805年7月14日))は、大和国小泉藩の第6代藩主。 第5代藩主片桐貞音の長男。母は木下公福の娘。正室は脇坂安興の娘、継室は毛利聚の娘。子は片桐貞彰(長男)、酒井政和(三男)、本多繁文(四男)、馬場利光(五男)、本多貞幹(七男)、片桐幹之(八男)、小笠原長栄(九男)、娘(松平堯賢養女)、娘(戸川逵邦正室)。官位は従五位下、石見守。 幼名は孫之丞。初名は貞陳。寛延3年(1750年)、父の死去により跡を継ぐ。天明7年(1787年)12月8日、家督を長男の貞彰に譲って隠居し、文化2年(1805年)6月18日に66歳で死去した。法号は松寿軒学叔宗習居士。墓所は東京都品川区北品川の東海寺にある。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「片桐貞芳」の詳細全文を読む
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