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猿投ダンプ事故(さなげダンプじこ)は、愛知県西加茂郡猿投町(現・豊田市)で起きたダンプカーによる死亡事故。 == 概要 == 愛知県西加茂郡猿投町大字越戸(現・豊田市越戸町)において1966年(昭和41年)に発生した自動車事故。 12月15日午前8時50分頃、猿投町越戸松原地内の国道153号を豊田方面へ向けて走っていた建設土砂等運搬会社のダンプカー(8トン車)が居眠り運転で、横断歩道手前で停車していた豆腐製造販売業者のライトバンにノーブレーキで追突、2台ともが横断歩道を渡っていた越戸保育園(現・越戸こども園)の女性保育士と園児約50人の列に突っ込んで次々と跳ね飛ばした。 ただちに豊田消防署より救急車2台が出動すると共に地元住民の自動車などの協力も得て、園児らを豊田市内の4ヶ所の病院へ搬送したが、保育士1名を含む合計11名が死亡、22名が重軽傷を負った。 ダンプカーの運転手は同年4月より現場近くの矢作川にある採掘場より砂利を愛知県や岐阜県の建設現場へ搬送していた。事故当日は午前5時に起床、一旦、瀬戸市まで砂利を運んだのち砂利採掘場へ戻り、今度は豊田市内の現場まで砂利を運ぶ途中に事故を起こした。 警察の取調べに対して「疲労が蓄積し、また久しぶりに早起きしたため、居眠り運転してしまった。」と供述している。 当時、国道153号は矢作川の砂利を運び出すダンプカーが多数走っており、地元住民からは「ダンプ街道」と呼ばれていた。事故前の愛知県警の調査でも現場の1日のダンプカーの通行台数は500台を超えていたという。 なお、この事故は第一次交通戦争の代表的事故として当時の国会でも取り上げられ〔衆議院会議録情報 第55回国会 交通安全対策特別委員会 第8号 昭和42年6月6日 〕、土砂等を運搬する大型自動車による交通事故の防止等に関する特別措置法(通称・ダンプ規制法、昭和42年8月2日法律第131号)制定の要因となった。 事故現場は越戸こども園前の横断歩道であり、事故後には歩道や歩道橋も設置された。こども園内に慰霊碑が設置されている〔[〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「猿投ダンプ事故」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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