翻訳と辞書
Words near each other
・ 王沖
・ 王治ジー
・ 王治郅
・ 王治馨
・ 王況
・ 王況 (将軍)
・ 王泊ダム
・ 王法
・ 王法極
・ 王泥喜法介
王泰
・ 王泰階
・ 王洛児
・ 王洛兒
・ 王洛賓
・ 王洪文
・ 王洽
・ 王洽 (東晋)
・ 王浚
・ 王淐


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

王泰 : ウィキペディア日本語版
王泰[おう たい]
王泰(おう たい、生没年不詳)は、南朝斉から南朝梁にかけての政治家は仲通。本貫琅邪郡臨沂県
== 経歴 ==
王慈の子として生まれた。幼いときから聡明なことで知られた。数歳のときに祖母が孫たちを集めると、棗や栗を床の上に散らして置いた。子どもたちは競ってこれを取ったが、王泰はひとり取らなかった。そのわけを問われると、「取らなくても、もらうことができるからです」と答えた。このため家中の人々は不思議がった。成長すると温和な人物となり、他人に喜怒の感情を見せなかった。著作郎を初任としたが受けず、秘書郎に任じられ、前将軍法曹行参軍・司徒東閤祭酒・車騎主簿に転じた。
蕭衍が霸府を建てると、王泰は驃騎功曹史となった。天監元年(502年)、秘書丞に任じられた。斉の永元末年に後宮から火が出て書庫に延焼したため、宮中の図書はほとんど散逸した状態にあった。王泰が秘書丞となると、図書の書写・修繕・校定・整理をおこなうよう上表した。ほどなく中書侍郎に転じた。南徐州別駕従事史として出向し、有能で知られた。召還されて再び中書侍郎となり、掌吏部郎事をつとめた。掌吏部のまま給事黄門侍郎・員外散騎常侍を歴任した。廷尉・司徒左長史となった。明威将軍・新安郡太守として出向した。寧遠将軍、安右長史として召還され、まもなく侍中に転じた。太子庶子・歩兵校尉となり、再び侍中となった。仁威長史・南蘭陵郡太守に転じ、行南康王府・州・国事をつとめた。南蘭陵郡太守のまま北中郎長史となり、行予章王府・州・国事をつとめた。入朝して都官尚書となった。ほどなく吏部尚書となったが、人材の選挙をおこなわないまま、病にたおれた。散騎常侍・左驍騎将軍の位を正式に受けないうちに、死去した。享年は45。は夷子といった。
はじめ子がなかったため、兄の子の王祁を養子としていたが、晩年になって子の王廓が生まれた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「王泰」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.