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甲斐善光寺 : ウィキペディア日本語版
甲斐善光寺[かいぜんこうじ]

甲斐善光寺(かいぜんこうじ)は山梨県甲府市善光寺にある浄土宗寺院。山号は定額山(じょうがくざん)。正式名称は定額山浄智院善光寺(じょうがくざんじょうちいんぜんこうじ)と称する。長野県長野市にある善光寺をはじめとする各地の善光寺と区別するため甲斐善光寺(かいぜんこうじ)と呼ばれることが多く、甲州善光寺(こうしゅうぜんこうじ)、甲府善光寺(こうふぜんこうじ)とも呼ばれている。
== 立地と地理的・歴史的景観 ==
所在する甲府市善光寺は甲府盆地北縁に位置する〔『善光寺北遺跡 山梨県埋蔵文化財センター調査報告』1992年、p.2〕。周囲には板垣山や大笠山、愛宕山などが近接し、高倉川など小河川が流れる〔『善光寺北遺跡 山梨県埋蔵文化財センター調査報告』1992年、p.2〕。
一帯には善光寺北遺跡・北原遺跡など縄文時代の遺跡がわずかに分布するが、甲府盆地北縁地域は古墳時代後期に開発が進み、横穴式石室を持つ群集墳が分布する〔『善光寺北遺跡 山梨県埋蔵文化財センター調査報告』1992年、p.3〕。また、平安時代から中世の遺跡も分布しており〔『善光寺北遺跡 山梨県埋蔵文化財センター調査報告』1992年、p.3〕、付近には甲府市酒折酒折宮や甲府市東光寺町の東光寺など、古代・中世の寺社が分布する。
板垣郷は甲斐四郡のうち山梨郡に属し、中世初頭に表門郷(うわとごう)から分離して成立した〔『山梨県の地名』、p.366〕。平安時代後期に甲斐国へ土着した甲斐源氏の一族のうち武田氏の勢力範囲で、武田信義の子・兼信(板垣三郎)が本拠を構え板垣姓を称した〔『山梨県の地名』、p.366〕。『甲斐国志』に拠れば、善光寺三丁目の字「殿屋敷」は兼信の居館跡とする伝承がある〔『山梨県の地名』、p.366〕。武田氏の一族・甲斐一条氏の領した一条郷にも近い。戦国期には甲府市東光寺の東光寺、甲斐善光寺、甲府市酒折、甲府市国玉一帯を含む地域であったと考えられている〔『山梨県の地名』、p.366〕。
近世には板垣村となり、甲府市善光寺一 - 三丁目、善光寺、城東三丁目・五丁目、朝気一 - 二丁目、里吉一丁目、砂田町、酒折三丁目の地域を含む〔『山梨県の地名』、p.365〕。1875年(明治8年)には里垣村の大字名。1937年(昭和12年)には甲府市善光寺町(現・善光寺3丁目)となり、現在に至る。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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