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石川武美 : ウィキペディア日本語版
石川武美[いしかわ たけよし]

石川 武美(いしかわ たけよし、1887年10月13日 - 1961年1月5日)は、日本の実業家編集者である〔''石川武美''世界大百科事典 第2版コトバンク、2012年7月3日閲覧。〕〔''石川武美''デジタル版 日本人名大辞典+Plus、コトバンク、2012年7月3日閲覧。〕〔''石川武美''デジタル大辞泉、コトバンク、2012年7月3日閲覧。〕〔''石川武美''大辞林 第三版、コトバンク、2012年7月3日閲覧。〕。主婦の友社の創業者として知られる〔〔〔〔〔主婦の友社小史 主婦の友社、2012年7月3日閲覧。〕。主婦之友社(現在の主婦の友社)社長、日本出版配給社長、東京出版販売(現在のトーハン)社長・会長、日本出版会会長を歴任した〔〔〔〔。
== 人物・来歴 ==
1887年(明治20年)10月13日大分県宇佐郡に生まれる〔〔〔〔。
満17歳を迎える1904年(明治37年)、旧制・大分県立宇佐中学校(現在の大分県立宇佐高等学校沿革 大分県立宇佐高等学校、2012年7月3日閲覧。〕)を中途退学して上京、同文館(現在の同文舘出版)に入社する〔〔。羽仁吉一都河龍らとともに『婦人之友』(1908年創刊)、『婦女界』(1910年創刊)の刊行に尽力する〔〔。1906年(明治39年)6月24日、プロテスタント会衆派教会海老名弾正から洗礼を受ける。
その後独立して、1916年(大正5年)9月18日、東京家政研究会を設立、出版事業を開始する〔〔〔〔〔。1917年(大正6年)2月14日、『主婦之友』(現在の『主婦の友』)を創刊する〔〔〔〔〔。『婦人画報』、『婦人之友』、『婦女界』、『婦人公論』といった先行する婦人雑誌を3年間で抜き去り、発行部数第1位に伸ばした〔〔。1921年(大正10年)5月、東京家政研究会を「主婦之友社」と改称、1924年(大正13年)11月には「株式会社主婦之友社」として株式会社化、同社社長に就任した〔〔。
1941年(昭和16年)、財団法人石川文化事業財団を設立する。1944年(昭和19年)9月、日本出版配給統制株式会社(日本出版配給)社長に就任、これを兼務する〔。
第二次世界大戦終結後の1946年(昭和21年)5月、公職追放により主婦之友社、日本出版配給の両社を退社、主婦之友社の社長には、長女の恵美子の婿・石川数雄が就任する〔〔。1947年(昭和22年)12月1日、石川文化事業財団が、主婦之友社社内に「18歳以上女性」限定の私立図書館であるお茶の水図書館(現在は石川武美記念図書館)を開設する〔2013年4月1日より現在の名称 に改称。〕。1950年(昭和25年)、公職追放を解除され、東京出版販売(現在のトーハン)の社長に就任した〔〔〔〔。1953年(昭和28年)12月、「株式会社主婦之友社」を「株式会社主婦の友社」と改め、同月発売の翌年新年号から誌名も『主婦の友』に改称する〔。
1961年(昭和36年)1月5日、死去した〔〔〔〔。満73歳没。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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