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石川 盛義(いしかわ もりよし、生年不詳 - 文保2年8月2日(1318年8月28日))は、鎌倉時代の武将。大和源氏の流れを汲む陸奥石川氏11代目当主。石川元盛の長男。家光、家隆、光教、義尊、板橋光行らの父。従五位下信濃守、従四位下安芸守。夫人は北条経時の娘。 正和3年(1314年)10月、次男家隆、一族石川光助を引き連れて鎌倉を訪れ、将軍守邦親王に拝謁。上洛して盛義は従四位下大和守、光助は従五位下丹波守に任じられる。 == 系譜 == 石川盛義┳長女(早世) ┣家光(第12代当主) ┣家隆(従五位下山城守) ┣三男(早世) ┣光教(時光、第13代当主) ┣次女(平田盛常室) ┣義尊(源光山青龍寺八大院権大僧都法印) ┣板橋光行(一族の板橋有好嗣子) ┣三女(早世) ┗泉新九郎 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「石川盛義」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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