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石川 総尭(いしかわ ふさたか)は、伊勢亀山藩の第2代藩主。伊勢亀山藩石川家7代。 == 生涯 == 延享元年(1744年)7月16日、初代藩主・石川総慶の次男として江戸で生まれる。初名は総矩(ふさのり)であったが、宝暦5年(1755年)に総尭と改名した。宝暦9年(1759年)に嫡子だった兄の総英が早世したため、11月に世子に指名される。宝暦10年(1760年)7月に従五位下、左近将監に叙位・任官された。 明和元年(1764年)6月30日に父が死去したため、8月23日に家督を継ぎ、主殿頭に遷任する。しかし父の後を追うように11月14日に江戸で死去した。享年21。 跡を兄・総英の長男で養子の総純が継いだ。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「石川総尭」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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