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硫黄鳥島[いおうとりしま]
硫黄鳥島(いおうとりしま)は、沖縄県における最北端の島で〔『日本歴史地名大系』「総論 自然環境」(2002年)p.23上段〕、同県に属する唯一の活火山島である〔『日本歴史地名大系』「総論 自然環境」(2002年)p.23下段〕。 14世紀後半から明王朝へ進貢する硫黄の産地として知られ、琉球王国が滅亡する19世紀中頃まで、琉球と明・清朝の朝貢関係を繋ぐ重要な島であった〔安里ほか(2004年)p.160〕。1903年の久米島移住後も硫黄採掘が行われたが〔『角川日本地名大辞典』〈近代〉「硫黄鳥島」(1991年)p.137〕、1959年の噴火により住民は島外へ移住、1967年にも採掘従事者も撤退し、それ以降は完全な無人島となった〔『島嶼大事典』「硫黄鳥島」(1991年)p.31〕。沖縄県に属する島では、特異な歴史を有する島である〔。 == 地理 == 徳之島の西約65km、久米島の北東約200kmの東シナ海に位置する〔『角川日本地名大辞典』「硫黄鳥島」(1991年)p.136〕。沖縄諸島の最北端であるが〔『日本歴史地名大系』「沖縄諸島」(2002年)p.71中段〕、地理的には奄美群島に近い〔『日本の島事典』「鳥島」(1995年)p.197〕。面積は2.50km²、周囲7.3km〔、標高212mの火山島である〔『日本活火山総覧 第2版』(1996年)p.421〕。かつては単に「鳥島」〔『沖繩大百科事典 上巻』「硫黄鳥島火山」(1983年)p.148〕と言われ、島外へ移住した人々からは「元鳥島」〔『日本歴史地名大系』「硫黄鳥島」(2002年)p.551上段〕と呼ばれる。また他に「琉球鳥島」〔、火山名として「沖縄鳥島」〔と称されたこともある。「硫黄鳥島」という名称は、1935年の木下亀城が著した論文などに見受けられ、それ以降この名称が広まったとされる〔『沖縄県史 資料編13 硫黄鳥島』 上江洲均著「硫黄鳥島移住の百年」(2002年)p.299〕。久米島北東沖に位置する鳥島(この島は「久米鳥島」ともいわれる〔〔『角川日本地名大辞典』「鳥島」<仲里村>(1991年)p.509〕)、または移住先の久米島・鳥島集落と区別するためだと思われる〔。 琉球王国時代は泊地頭(現在の那覇市泊などを管轄した役職)の支配下に置かれたが、1879年に沖縄県、1896年に同県島尻郡に移管、その後1904年に移住先の具志川間切、1908年に具志川村の字名となる〔『角川日本地名大辞典』〈近世〉「硫黄鳥島」(1991年)p.137〕。2002年に具志川村と隣接する仲里村と合併し、久米島町に属する〔大木(2002年)p.8〕。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「硫黄鳥島」の詳細全文を読む
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