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福家三男[ふくや みつお]
福家 三男(ふくや みつお、1960年7月7日 - )は、埼玉県浦和市(現・さいたま市)出身の元サッカー選手、サッカー指導者、ゼネラルマネージャー。 == 来歴 == 1966年に浦和南高校に入学〔。1969年度にインターハイ、国体、高校選手権の三冠を達成したチームでキャプテンを務める〔〔。福家は高校2年生の春に背中を痛めて7ヵ月間入院のため留年し、三冠達成時は入学から4年目だった〔。この浦和南高校は漫画・アニメ『赤き血のイレブン』のモデルとなり、作中に登場するGKの大平洋平は福家を基にしている〔加部究「日本サッカー戦記 試合に隠された真実――あの日、あの瞬間を戦った当事者たちの肉声。 第11回「赤き血のイレブン 三冠を達成した浦和南」」 『サッカー批評』issue 60、双葉社、2013年、105頁。〕。1970年4月のアジアユース選手権では、ユース日本代表のGKとして6試合に先発出場〔『日本代表公式記録集2008』 日本サッカー協会、2008年、277-278頁。〕。 高校卒業後は明治大学に進学〔。在学中の1972年に若手主体の日本代表Bに招集された〔。 1974年に大学を卒業後、ユース代表チームの監督だった八重樫茂生の誘いを受けて富士通に入社〔〔、同社サッカー部で11年プレーして35歳で現役を引退した〔。1980年からコーチ〔、1982年から3年間は監督を歴任〔。その後は社業に専念〔。富士通から出向という形で1997年から1998年まで日興証券女子サッカー部でヘッドコーチを務める〔。 2001年に川崎フロンターレの強化本部長に就任〔。福家の強化本部長就任時にJ2だったチームは、2005年にJ1に復帰し、J1リーグ準優勝3回(2006、2008、2009)、ナビスコカップ準優勝2回(2007、2009)という成績を残した。J1リーグ5位に終わった2010年末に強化本部長を退任〔、顧問を務めたのち2013年3月に退社した〔。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「福家三男」の詳細全文を読む
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